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味噌と醤油の醸造元〜石孫本店のご紹介


2010年7月に訪問し、メルマガで紹介させていただいた、味噌と醤油の醸造元である石孫本店の訪問記(一部改訂)を紹介させていただきます。

吟味された原料を使い、安政2年から続く製法により有形文化財の蔵でじっくりと熟成した、本物の味噌と醤油の美味しさにせまりました。

石孫本店の社長をはじめ、社員の皆様の味噌と醤油作りへの真摯な取り組みと温かいお人柄にも触れることができました。

本物の味噌と醤油の作りを是非、ご覧ください。



1. 序章
2. 味噌編
3. 醤油編
4. まとめ

1. 序章


石孫外観石孫看板

今日から少しずつ、17日に訪問した味噌と醤油でおなじみの石孫本店さん訪問記を書いていきたいと思います。

当社では、石孫本店の以下の3種類の製品を取扱いしております。

・石川孫左ェ門 吟醸 孫左エ門味噌
・石孫本店 天然醸造 二年仕込み醤油 濃醇(のうじゅん)むらさき 醤油
・石孫本店醸 天然醸造再仕込醤油 芳寿

1855年(安政2年) 醸造元 石孫本店として創業。以来、伝統製法で、今日まで味噌と醤油を造り続けています。

味からは、そのひたむきさ、実直さが伝わってきますが、どうしてもこの目で見たいと思いたち、今回訪問させて頂いたのでした。

さて、7月17日土曜日。東京駅7時36分発の新幹線こまち3号に揺られること3時間23分。秋田県の大曲(おおまがり)駅に到着すると、予約していたレンタカーに乗り込みました。

走りやすい田舎道を走って、まずは宿に荷物を置きに行きました。途中、県道には「今の気温34℃」と出ていましたが、体感温度は38℃くらいありました。一休みしてから、石孫本店へ。

石川裕子社長は、お電話でのイメージ通りのとても温かくて気さくな方でした。挨拶の後、早速、蔵を拝見させて頂きました。

一足踏み込むと、麹の素晴らしい香りに包まれました。蔵全体に酵母菌が住み着いているのがよくわかります。なんだか肺の奥まで酵母が深く入ってきたようで、気持ちがよかったです。

そういえば、お肌にもとてもよいのでしょう。石川社長はツルツルお肌の秋田美人でいらっしゃいます。

味噌と醤油は途中までは同じ工程で、材料が異なるとのこと。写真が沢山ありますので、まずは写真を整理してブログに貼っていきます。

撮影した写真は全て掲載してよいそうです。貴重な記録になることと思います。

明日は味噌編、明後日は醤油編をお伝えして、完結する予定です。

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まだ本題に入っていませんので、序にしました。今から、本編をこつこつ作っていきます。



2. 味噌編


17日に訪問した、味噌と醤油でおなじみの秋田県にある石孫本店さん訪問記、今日は味噌編です。

仕込の時期は、11月と2月だそうです。

最初に見せて頂いたのは450kgも炊ける炊飯器。

450kg炊ける炊飯器

450kgの米と300kgの大豆、その他もろもろを入れると1トンの味噌になる分量だそうです。

次にこれまた巨大な蒸し器。

蒸し器

蒸し上がると、台の上に広げられ、あら熱を取り、麹菌を蒔きます。この麹ダネと言われる大元の菌は、全国の有数の麹ダネ取扱店から仕入れているそうです。

ここで使われるのが萩のカバーです。

萩のカバー

一説によると萩には殺菌効果があるとか。今では作る人がなく、地元の引退した酒造の元杜氏にお願いし、山でわざわざ萩を刈り、編んでいただいたものを使っているそうです。

冷めると、この麹室(こうじむろ)に移されて、白布に包んで一晩寝かせます。

麹室麹室の中

この積まれている麹蓋に移され、さらに麹室で三日間寝かされます。麹蓋にも酵母菌がびっしり。

積まれた麹蓋酵母菌びっしりの麹蓋

発酵時に自ら発する熱で死滅しないよう、天井の窓を開けて温度調節されます。

また、この工程で手作業で混ぜ合わせるのと機械でするのとでは、味が全く変わってくるそうです。

味噌樽。1トンから3トンのサイズがあります。

味噌樽熟成中の味噌樽

そして、この5トン樽は、蔵の建造時に組み立てられたもの。ここに運ぶのもものすごい重労働です。

5トンの味噌樽

一つ20kgの重しを載せます。

1つ20kgの重しカバーを少しめくって頂きました。美味しそうな味噌がここでできてきています。

できつつある味噌

味噌は1年熟成が一番香りがよいそうです。当社で販売している吟醸孫左エ門味噌も1年熟成です。その後は味が変化していき、3年ものになるとこんな色に。

3年ものの味噌3年ものの味噌は黒くなってきます。

素晴らしい香りにうっとりしました。明日は、醤油編のレポートです。

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行ってみなければわからないことが多数ありました。酵母菌が満ちている蔵の中の空気。温度、そして香り。

6時間近くかけて行って本当によかったです。



3. 醤油編


本日は、7月17日に行ってきました、秋田県湯沢の石孫本店訪問記、醤油編です。

石孫本店さんの醤油造りは、11月と2月。

まず、小麦を炒るところから始まります。燃料は、入手困難を極める石炭。北海道から仕入れているそうです。

これが昔ながらの小麦を炒る機械です。

小麦を炒る機械。燃料は北海道から取り寄せる入手困難な石炭。

次に蒸し器で蒸された大豆と、炒った小麦とが合わされます。水は石孫にわき出る井戸水が使われています。

この写真は巨大な蒸し器です。

高さ3メートルはあろうかという巨大な蒸し器

麹蓋(こうじぶた)に載せられ、麹室(こうじむろ)という部屋に移されて、発酵していきます。

麹蓋(こうじぶた)。この上に蒸した大豆と炒った小麦が合わされます。

室の中では、床に炭を埋めてその上に藁を置く埋火(うずみび)をして、常に30℃に保たれます。

床に炭を埋めてその上に藁を置く埋火(うずみび)をします。

発酵すると酵母菌が出す熱で、室全体の温度が上がってきます。その熱で酵母菌が自ら死滅しないように、天井にある窓を開けて、温度調節をするそうです。

温度調節用の天窓

この温度管理は4日間続きます。夜中も、女将さんとお嬢さんが深夜1時、2時半、4時といった具合にその経過と温度をノートに書留め、昼間は職人さんがそのノートを見ながら、また作業を続けるそうです。

こうしてできあがった麹は、高さ2メートル以上ある樽に運ばれます。

作業効率を高めるため、階段部分をスロープにされたと言われていました。これは文化財指定されている一号蔵の中にある樽です。

文化財指定されている一号蔵にある樽

蔵付酵母や季節毎の気候の変化が熟成を助けるように、職人さんが櫂棒(かいぼう)で攪拌(かくはん)を一年余り続けます。熟成が進み、ぷくぷくと酵母の活躍で泡が出てきているのがとても興味深かったです。

熟成が進んでいる醤油熟成が進んでいる醤油のアップ

昔ながらの機械を使って搾られていく醤油。

昔ながらの醤油を搾る機械搾られている醤油

搾りかすというには余りにももったいないものを食べてみると、とても美味しかったです。

搾りかす

栄養満点ながら、昔は産業廃棄物として処分されていたものです。今では肥料になったり、酒のつまみにする人もありリサイクルできているそうです。

最新の機械を使えば、搾りかすが紙のようになるまで搾り切るそうです。でも、石孫さんでは昔ながらの製法故にこの搾りかすが出てくるそうです。

最後に醤油を瓶詰めしている様子も撮らせて頂きました。

醤油の瓶詰め

味噌と醤油では小麦と大豆というところが違うだけで、基本的な作り方は同じだそうです。本当に不思議だと思いました。

これで一度訪問記を終えますが、後日、女将さんから伺った小話を記事にまとめたいと思います。

こうしてできあがった石孫本店の醤油)は、当社でお求め頂けます。



4. まとめ


石孫本店の吟醸孫左エ門味噌を使ったコーンとレタスの味噌汁



本日は、石孫本店訪問記の補足として、石川社長から伺った話をまとめたいと思います。

石孫本店さんの特徴は、

・安政二年の創業当時から代々伝わる製法を受け継いでいることと、
・「蔵付酵母」と言われる酵母菌
・全て手作業であること
にあります。

最新の精密機械を導入するのではなく、先代から受け継いだ蔵や蒸し器などの機械を毎年少しずつ直しながら使っています。一度壊れたら、そこで途絶えてしまうからだそうです。メンテナンスには多額の費用がかかるそうですが、守ることが使命だと自覚されていることがわかりました。

酵母菌は、蔵の中に住み着き、麹蓋(こうじぶた)と言われる木箱の中にもびっしりとありました。発酵の匂いがするので、酵母菌が蔵に充満しているのを呼吸の度に感じます。

二代目孫左エ門が建てた6つの蔵は、すべて平成10年(1998年)に文化庁指定登録有形文化財として登録されています。明治16年(1833年)から、大正5年(1916年)までに建てられたものといいますから、100年くらい使っているものです。

面白い話を社長から教えて頂きました。仕込の時期は納豆を食べないそうです。これは、納豆菌が麹菌よりも強いので納豆菌が入ると味噌や醤油にならずに、納豆になってしまうためだそうです。

また、米や麦を麹と混ぜた後は、麹室(こうじむろ)の温度が発酵で上がりすぎないよう、天窓を開け閉めして4日間徹夜で温度管理を続けます。仕込の時期は零下10度にもなり、夜中は社長とお嬢さんが麹室にあるノートに温度を記録し、朝来る従業員に引き継ぐそうです。

手作業で仕込んだ合計1トンの味噌や醤油を有形文化財の蔵に手作業で運ぶと聞いた時、絶句してしまいましたが、蔵を使い続けるには、手作業を続けるよりありません。

大変な麹造りを機械化しないのには理由があります。機械よりも手作業の方がよく発酵するからです。たとえば、玄米味噌を手作りすると玄米100%の麹を作れます。しかし、機械で造ると、玄米に発酵しやすい米を混ぜないと発酵がすすまないそうです。

機械だと発酵せず、手作業だと発酵する不思議。このため、酒蔵も一端機械化に傾いたものの、吟醸だけは手作業に戻ってきているということでした。これが、石孫さんが手作りにこだわる理由だそうです。

私が訪れた7月17日は、日中34度もありましたが、真冬は豪雪地帯で、雪で一階の入り口がふさがれ、二階から出入りするそうです。しかも、雪下ろしが終わった頃には、最初に雪下ろしをした屋根には、また雪が降り積もっているとか。その上でのこの手作業ですから、どんな重労働だろうかと思います。

先祖が作ったものを受け継ぎ、あとは蔵にいる酵母菌を働きに助けてもらっていると謙虚に語っておいでだったのが印象的でした。伝統を受け継ぐ為には、地元醸造産業と連携し助け合う文化、農学者の先生方との人脈、豊かな井戸水などの環境の三拍子揃っていないとできない事業です。

味噌や醤油の驚くような美味しさは、石孫さんが、昔ながらの製法、歴史をつくった先代の技術を大切にしているからこそなのだと見学して分かりました。

最後に、石川社長のお写真も掲載させて頂きました。この度は大変お世話になりました。ありがとうございました。

石孫本店社長の石川裕子さん



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このところ、毎日石孫さんの吟醸孫左エ門味噌をきゅうりにつけて食べています(執筆時は、暑い7月でした)。また、昨日はこの味噌で夏仕立てのコーンとレタスの味噌汁と、石孫芳寿醤油で造った漬け丼を食べました。写真のものです。

石孫本店さんの天然醸造の本物の味噌と醤油を是非、お試しください。